「技術的な楽しさがある」の限界はどこか

IT業界の犯罪行為には一部技術的にチャレンジングなものがあるのは確かで、一方それをやっていつつ「技術的に楽しいから」という発言を言うことで責任を逃れるのを良いことだと思う人は少ない気がする。

かつて、とある草の根ランキングサイトのUIが非常に使いづらかったのでクロウラーで一日に1回巡回するようにしたら、ある時ブロックされ、User Agentを偽装して続行した、ということがある。ちなみにそのサイトはもうない。

大企業では他の部門が何をやっているかをはっきり把握する方法はなく、社外にそれが出た時に外部のリリースを見て「なにやってんだー!」と思うことはあるかもしれない。それでも、自分の部署の自分のやっている技術的な案件が面白くて「正当」なら、多分心は穏やかかもしんない。ただし「おまえんところ○○、クソだな」というコメントを外部の人から直接聞かされ、最後には会社ごと否定される可能性はある。

自分の部門の収益は良いため好きなことをやっているが、会社全体では景気は悪く、圧迫面接とでも言えそうなほどの高圧的な面接によって他の部門の社員に「希望退職」を募っているという記事がRTされて、自分もRTしたいと思ったらどうだろうか。

大企業の支社でお仕事していて技術的に楽しいと思っていたときに本社が政治的なアクションを取って支社側の国に失笑を買ったとしたとき「俺らは技術のことでこの会社に献身しているのです」と言ったとして、どのくらい同意が得られるか、それとも素早く去るのが良いか。

ベンチャー期には人気があった企業で「この技術はすごい」と思って仕事をしていたら、成熟期に入ってマネタイズする必要に駆られたCEOが次々と3rd partyとの協力関係を打ち切ってコミュニティから反感を買っているとき、最初の発言の通りに突き進むか、「まぁ、宮仕えですから」と苦笑しながらそのまま突き進むのが吉か。

外資系企業に働いていたら本社側の国と非常にまずい雰囲気になり、でも俺がやってることは国内限定だし技術オンリーなんだからそんなの関係ない、と思いつつ、ふと会計処理を見てみると自国にその支社は税金を納めてなかったりして、つまり自分の金はあっちがわから出ているのであった、でもいいか、と思うのは妥当か否か。

自国の企業で自分のやりたいことをやっていたが金はもらえず、海外の競合会社にヘッドハンティングされ、技術がやりたいからとそちらに向かって金はもらい、そして打ち捨てられた。

結局のところ両手が綺麗なまま技術一筋というのはそれなりに難しいのではないかと思ったりする。そういうときに「自分たちはシロです!」と必死に騒ぐのはイマイチかっこ良くない、とだけは思うものの。


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