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最近のDDRとか面白いけどオススメはしなくなったの巻

真面目に書こうとすると長くなる上に何が言いたいかわからなくなること必定なのでチラ裏的に。もはや低レベルのじじいなので若い人は無視していただきたいところです。

#そこそこ適正な説明: 筆者はSPバー持ちで現状16〜17をクリアできる。最盛期は18で、17のAAはPosessionのみ。DPはバー持ちもクリア範囲は同程度で、16についてSilver Dream EDPのみバー無しでAA経験がある程度。19は全譜面において(VD CSP含)クリア経験がない。昔はバー無し限定だったが歳になって辛いのでバー持った。

最近のDDR面白いんですよね。昔からゲームとして好きじゃねぇよとは言ってるんですが、X2くらいからずっとこれは良いゲームだ、という状態になってます。

ロードマップというか、「かつて抜けてた」難易度というのがなくなっていて、譜面的にも「そういうことさせるか!」という発見も多くなってます。

曲数==ステージ数が潤沢なのがとりあえず「良い」です。

昔はつまらない譜面を無理やりやらないと上手くならない面があったんですが、今は無視できます。振り返って後で踏み直すと、今度は成長してるので苦痛も少ない、ということも有り得ます。

ゲームというのはどこか「自分の成長物語」として語りたい部分があると思います。そういうとき、「これやってないの!?」って言われるのはストレスになることがある。自分が好きなルートで好きに成長物語を語るのは楽しい✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌。

なので昔やっていた人はむしろ今のほうがDDRは楽しめるでしょう。かむばーっく。

というところまで書いた上で……

DDRはもう個人的にはおすすめできないゲームになってます。というか割とコナミの音ゲー全体がそういう感じ。

まず曲数水増しというか、「金を払え」的な曲が増えてきました。

もういいよってくらい新曲が入ります。プレイ数が少ないと、自分の成長に投入するよりも、新曲試すプレイ数の方がどうしても相対的に多くなる。それらの曲を納得できる精度でプレイ出来るようになるまで、地味にクレジットは投入する。そこで投入した分で、もっと上級を目指すとかしたいところ、足を絡み取られてしまうわけです。

#ていうかね、まさか新曲導入をまさか喜ばなくなるとは昔は思わなかったん…

Let it go の意味

"Let it go"と「ありのまま」の違い

面白かった。

前回書いた感想 で書いてなかったので後付けになってしまうが、Let it goが人気だと聞いたとき、「え、これって好きになる曲なの」と思った記憶がある。個人的には For The First Time in Foreverの方が好みだった。

"Let it go"も歌自体は綺麗だし、劇中の演出は"For The First in Forever" より正直みごとだと思う。

ただ、"Let it go"には「私、傍若無人になるわね、さよなら」という雰囲気をとても強く感じていた。

正直に言えば、この英語表現、私は劇中ではじめて聞いた。どのような慣用句で実生活でどう利用されるかはそのとき分からなかったわけだ。私は英語ネイティブでも英語が達者な方でもない。

それを前提としてではあるものの、"Let it go"には自分を積極的にどうこうするニュアンスはないように感じる。そもそも主語は自分ではない。状況(it)を勝手にさせとく(Let ... go)、である。

歌のタイトルについて、嫁にどういうニュアンスなのかと聞かれた。そのとき、自分が最初に「推測」したニュアンスがネガティブすぎて、説明に窮してしまった (なおここも後付けのあいまいな記憶だ)。

「これ、むしろエルサの無責任を正当化する歌なような……」そういう印象だったから、歌を肯定的に受け止める人々の気持ちがよく分からなかったのだ。

上のブログ記事はその点で、私よりも適切にこのタイトルの「意味」を説明していると思う。

記事では最後に、私の感じた「ネガティブ」さという印象自体が、日本人固有の課題だと指摘している。

“Let it go”の歌が教えてくれることは、人より少し強い力をもっているがゆえに自分が社会と適合しないのではないかと不安でさいなまれている人がいたら(それが特に自分自身であったときに)、「そんなことは忘れてしまいなさいよ」「気にしなさんな」と言ってあげよう、ということだ。そうすることで、その人は自分がためらっていた力を存分に発揮できるようになる。 このように”Let it go”には含まれているのに「ありのままに」は含まれていないものが、まさに今の日本の…

ブラックホーク・ダウン

○ 一言で言うと

せんそうえいがをみました。

○ 詳細

ブラックホーク・ダウン (bluray)

この映画自体は『カラシニコフ』『カラシニコフ 2』という本を読む流れで知った。

私はミリオタではないので、それぞれの本とその内容には詳しくない。誤っている前提で、自分のこれまでの理解と映画に出会うまでの流れ、上の映画について感想をだらだらとまとめておく。

映画の感想についてだけ知りたければ「ブラックホーク・ダウン」の項まで飛ばしていただきたい。

○ カラシニコフ

AK-47 カラシニコフ、あるいはその後継となるAK-M、AK-74はいわゆる「アサルトライフル」の一種だ。後述するように、IT界隈でもたまーに見聞きすることがあり、戦争の悲惨さ、という話を置いて言えば「人気が高い」武器でもあると思う。私も2冊読む前から名前だけは聞いていた。

ここでは武器種の詳しい説明は省くが、私個人の記憶でも「AK-74は強すぎる」と思った経験がある。……別に実戦経験があったわけではない。

バイオハザード5で利用できる武器の1つに、今振り返るとAK-74はあった。この銃は、武器に疎い私が唯一、同ゲームにおいて今でも名前を覚えている武器でもある。

バイオ5での最高難易度(プロフェッショナル)でも、AK-74 (カラシニコフ) を使うと比較的カンタンになってしまう。ゲームをやり込む際(いわゆる「制約プレイ」において)、最初に「使わないことにした武器」が、確かAK-74だった。

この武器には現実世界でも、他の武器にはあまりない、「オトコノコ」をとりこにする特徴がある。『カラシニコフ』から引用する。

自動小銃の最大の問題は、薬室の弾詰まり、ジャミングだった。
銃身のいちばん後部、弾が装填されて火薬が爆発する部分が薬室だ。ここにゴミが入ったり、薬莢の破片がこびりついて残ったりすると、次の弾がつかえて詰まってしまう。そうなると銃は動かない。
弾が出ない銃はただの棒だ。殺すか殺されるかの前線の兵士にとって、弾詰まりは致命的な故障である。弾詰まりをいかに防ぐか。それが開発のポイントとなった。
設計者たちはそれぞれの方法で取り組んだ。開発を指導したトカレフは、ゴミが機関部に入り込まないよう、より精密に設計することを求めた。
「すき間に蚊のくちばしも入らないようにしろ、というのが彼の口癖だったよ」 しかしカラシ…

風邪

早くも夏風邪で鼻が止まりません。みなさまも風邪にはお気をつけ下さい。

正論

正論をぶちまけて相手が「こわーいなにあいつら」と言って、そのあと正論をぶちまいた側が「これには正しい理由がある」と説明する。ネットだとよく見る。

正論ぶちまける側のホントの精神モデルは、しばしば逆向きだと思う感じることが多い。
正しい理由があって、それに基づいて言っている「のではなくて」、最初に言った後に、後から自分たちを正当化するための言葉を探し出す。
実際に、自分を部分的に正当化するための筋の良い説明やドグマが見つかる。それによって「そ、そうだ、俺達はこれがあるからこのように過激な一言を言ったのだ」とする。私においても、自分が過激に相手を攻撃する際にはこのロジックが混じることがある。後になってからある種の正義の観点からは後悔することがある。
本当に正しい理由があり、正す正当性があるのであれば、怖がらせる前にもう一歩考えるべきだと感じられる。萎縮させる正当性まで考えて言っているのかは、一歩引いて考えるべき段階が存在しないか。
非常に卑怯だと思う人々の中には、最初攻撃的で、その後上の理屈を付けた後、自分が正しくないことがわかってきた時には自分が行った論法を相手が行うことを不服とする旨、非常に回りくどく言うというものがある。私自身がそういうことを何度か行なっているから、こういうときの気持ちの流れはよく分かる。ただ自分のそれも含め、それは単なる卑怯者の論理であり、ただしさとは遠いと思う。
正しく問題視的を行う人は、主語を明確にし、根拠と自分の負ける可能性を最初に出しているのではないか。何故問題かについて、自分の側から、自分の感情面を含む詳細な状況も含めて先に出し、議論の端緒であることも明かすのではないか。これは別に理論でもなく直感だが、そういう気がする。
すくなくとも、最初に自分の中にある周辺の情報を隠匿した状態で強く相手を叱責するかの如き問題指摘は、議論では、「技量」以上に非対称な関係を前提にしていると思う。正論を吐くジャイアンは多分ジャイアンだ。どうせ困ったらのび太のくせにって言い出して殴る。
正論好きのコミュ症を隠すために正論を後から述べる人と、正しく正論を追求する人では、語り口と逆向き論理の使い方は違うと思う。最初に相手につっかかる人に私が違和感を感じるのはこのあたりの印象による。

この文面は特定の事象に基づいて感じたことではない。苛烈に人を攻撃する人というの…

禁酒雑感

酒をやめてみようとおもったことは以前もあります。たいてい、酒を飲んだ翌日にそのように考えます。飲酒って、翌日以降のエネルギーを使ってるように思えるのです。大体翌日には後悔している。

これまでやめようと思ってやめられなかった理由も、なくはないんです。
「酒を飲めないんじゃない、飲まないんだ」って言ってる人が、自分はあまり好きではない。

自分がそういうカテゴリに入るのは、なおのこと問題です。

飲「ま」ないことを主張する人って、良くない意味で「上から目線」に、個人的に感じられます。

上から目線でも、知らない視点の「ご高説」であれば、まだマシです。受け取れる情報があります。

単純に「本来飲む」会で「飲まないんだぜ」って言うことに、情報的にも価値はありません。むしろ個人的には無粋だと感じます。さらに、それを会話のネタとして語られると、飲んでいる側はどうすればいいんだという気分に少しなります。少なくとも自分はなります。

んで、私って酔い方に節操がないからなのか、いざ「飲まない」となると、以前を見ている人からすると目立つっぽい気がしてます。きっと、説明することになる。おお、上のカテゴリの仲間入りです。そんなん御免です。

前回のような事情であれば、自分の問題で後ろ暗い理由ですんで、上のような目線で語ることにはならならず、まぁ、マシかなぁと。。。まぁ言い訳としては、ギリギリかなぁという印象ですが。

ただ実際に止めると、それはそれで全部解決したことにならない。

素面の私って、面と向かって話すにはつまらないらしいのですねぇ。つまり、適度に(過度に)ヤンチャして、ようやく期待される状態に近づくわけで、禁酒したら近づくのは放棄してます。ツマンネ。

ゲージで表すと (文字なのでわかりにくいかもですが

素面 -------===---- 泥酔

この「===」くらいがまわりの人にとって面白いラインなんだろうと予想してます。あくまで自分の中での比較ですけど。

相互に飲む量がある程度上昇しているケースのほうが、ある種の見解は引き出しやすい気がするんです。

ある種の暴論は、特に今のような世界だとうかつに表現に出しづらいところですが、ローカルな飲み会で、日本酒2杯めくらいだと割と出しやすい感じ。

これは多分、ある種のピンポンゲームなので、相互に力を入れていかないと、玉は速くなりません。こちらが飲まないと…

きんしゅ

イメージ
昨日の会におきましては、みなさまお疲れ様でした。

それはともかく、明らかに不適切な飲み方をしまして、死にかけて帰ったところ体調不良で当該の会を欠席した妻に大いに怒られました。申し訳ございません。

m(_ _)m 申し訳ございません

ほんと良く自分でも帰れたなというレベルでした。S兎馬氏を笑ってる場合ではないレベルで尋常じゃない酔い加減でして、明らかにまずったなぁと反省中です。

ただ、飲み過ぎについて自分的にもっと気にしているのは、今回の単発のミスそのものじゃないのです。言ってみれば酒関連で「ヒヤリハット」増えてるよな、ということに危機感を持ってます。



飲み過ぎて帰宅も困難になりかねなくなったケースは、昨日の件も含めてトータルでは自分の人生で3回起きてます。

そうでなくても割と翌日後悔するレベルで飲んでしまったことはあるんですが、帰宅に困難を感じ、途中でトイレに突入しなければお好み焼きだぞ、という恐怖を感じつつ電車に揺られてあやうく降りる駅を見逃しそうになる、みたいな状況は3回です。初回は成人式です。

そして残り2回はここ数ヶ月に集中してます。言ってみれば20代で最初除けば1度もなかった異常事態が妻と付き合い始めてからは妻は2回ほぼ連続で見てるので、

そりゃぁキレるわ。

m(_ _)m 申し訳ございません
「浮かれてる場合じゃない」とかいうそういう話を越えていて、今回ばかりは自分としても実際「不安」じゃなくて「危機」を感じます。あ、はい、家庭の危機も含めて。

昨日について言うと、暇なときに明らかに「妙な」ペースで飲んでるのが振り返ってみて思い出されます。缶を開けるとかそういうのは覚えてるんですが、それを口に含めて飲んだ記憶自体はない。話してたりするときになくなってるのですね。水みたいに日本酒飲んでる感じです。

これは怖い。吾妻ひでお『アル中病棟』のアル中の飲み方に少々近い印象を持ちます。

でま、本当に依存症なら、どの飲み会でも異常な飲み過ぎになるはずですが、先日の別の飲み会では一切そういうことはありませんでした。自宅で飲んでるときになることもありません。依存症というにはまだ「浸かりきってない」感じです。ほっ

飲酒量を「自覚」できている時は大丈夫のようですが、「自覚」出来てない状況だと、他人に言われようがなんだろうが止まらない、というか「止めない」のですよねぇ。

昨日…

BRAVE (メリダとおそろしの森)

英語 + 日本語字幕で見た。

○ 話

まぁまぁ。アナと比べると劣る気がする。

邦訳の微妙さもさることながら、英語原題の"BRAVE"がどこを指しているかも少し曖昧という印象。強いて言えばクライマックスのメリダのセリフなんだと思うけど。

○ CG・演出

2年くらい前の作品にしてすげーな―と思う。

髪にリソースを投入しすぎて、ストーリー中でもっと頻繁に目が行く肌や目の出来が落ちてる気がする。縮れ毛がいくらリアルでもナー

「話」とも関連するのだが、1シーン1シーンの描き込みに意識が行き過ぎていて、色々「分裂」している印象はある。

○ 英語

バグパイプが出ていたので「メリダの英語訛りもイギリス北部のものなんじゃね」というところまでひらめいてぐぐったところ、設定上「1000年前のスコットランド」で、声優もスコットランド出身らしい。なるほど。そうやって聞くと英国英語に似てる気がする。若干BBCっぽい、みたいな。

iTunesでレンタルするとここで英語+英語字幕に出来ないのが頭痛い。もっとも嫁がそれを希望するかは別だ。

○ おまけ

とあるレンタル屋で借りたときに「blurayですがよろしいですか」と聞かれてOKと答えたら、再生できない。「3D」blurayだからであった……

ちょうど実験用にlightening - HDMI 変換ケーブルを用意してあったので、iTunes上でレンタルしてそれで再生してみる。十分だった。返す手間とか色々あるのでこっちに移ってく予感がする。

部屋の整理

GWというかただの4連休。特に予定もないので部屋を整理してゴミを捨てた。10年近く放置されていたエレキギターとか、アメリカ滞在中の電気代のレシートとか色々出てきた。