ゼルダ

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便乗で感想。あれ前書いたような……

面白い。でも短い。やりこみがつまらなそう。悲しい。

ゲームが長いことと「やりこみ要素ありますよ」の断絶がすっごく大きいゲームと感じた。そして最近はゲームが氾濫してるから9割以上のゲームで「やりこみ」は逆にウザいと感じる。

一方でやり込み無しでこのゲームの長さで4000円は高い、と感じてしまう。クオリティは良い。でも、「無料ゲー」でもこれより長く遊べるというご時世であったりする以上、「支払い」と「それに見合う経験」に現代特有のアンバランスさを感じる。

ちなみに上の記事はちょっと変な感じがする。このゲーム、ゲーム内にヒントを表示する機能が大量にあるので、普通の大人であれば一切調べる必要がない。というより、下手なWikiよりゲーム内のヒントおばけが優秀だと思う。自分は容赦なく使いまくったので、ハマるという感覚が一切なかった。どちらかといえば「ヌルい」と感じる。

「ヌルい」と感じさせられる程度に接待が極まった結果、作りこんだその美しさ全体が自分の中で過小評価されているという絶妙な違和感。なんだろう、3Dのカメラアングル、壁画、ツンデレ、どこを見てもしっかり考えられた良ゲーなのに、「支払う気がしない」。

これは今なら1000円で遊べる過去作アーカイブの一つに見まごうゲーム性だからなのかもしれない。そう、ただの良ゲーはゴミのようにあるのだ。暇があるのなら、自分は多分やりかけのタクティクスオウガをやりだし、ドラクエ7を再開し、FF1とFF2をやり、デモンズソウルをやり、俺屍をやり、フォーザシークエルをやり、ドラクエ2をやり、トライフォース1もやるのだ。

新作だからやる、という道理が成り立ちづらい。もう、誰も自分と一緒に限られたリソースとしてのゲームをやらない。群がっているかと思ったら、皆ぬるかったりする。あるいは逆にやりすぎて廃っぽくなってたりする。

同じ空間で楽しめるというゲームは前職のマリオカートDS以来ただの一つもなくなってしまった。ドラクエ10ですら、知らない人とマッチングするほうが知り合いに低レベルをなじられながら強ボスに行くよりも楽と感じる。みんなでやるという題目がなければ、新しい有名作をピックする理由は減る。しかも新作は相対的に高額なのだ。そして「行け!勇者」より寿命が短い (注: この比較はあまり酷い、あくまで冗談)。

長くなった。

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