いのなんとかと技術的あーびとらーじ

ある知り合いと話していたとき、「日本の将来は年寄りが増えるから、こういった需要が増える。というわけでこういう技術が必要になる」という話をしていた。その話のながれ自体は自然で、自分が投資資金を持っていれば投資していた可能性もある程度には筋が通っていた。

気になったのはそれをイノベーションであるとか、技術の未来というコンテクストで語っていたことだ。そこにはどうも違和感があった。

社会に偏りがあったとして、その偏り解消に自然と全体が動くことがあるのは当然で、そこに賭けるのも自然だと思う。ただ、それ自体をイノベーションとは言わない気がする。それは言ってみれば割の良いギャンブルを発見したということ。見つけたこと自体はすごいのだが、世界を広げるという意味でのイノベーションという表現とは、どうもそりが合わない気がする。

ふと「技術的アービトラージ」とでも呼んだらどうかと思った。必要になる分野にはっとくのは普通だから、別にそれが悪いということでは決して無いけど、イノベーションという表現とは分けるべきなんじゃないだろうか。金融関連と違って、自明に見える未来の側に別途しない人は多い。間違いなく海は青い。

個人的には、社会の将来を自分が期待する方向に捻じ曲げることにイノベーションという表現が意味する領域があると思う。世の中そうなるので追随しましょう、だけで「俺達未来作ってるんだぜー」と言わないで欲しいと思うのだった。もちろん、現状追随のためであっても、欠損している技術ってのがあるわけで、それを補完するという説明のもとではイノベーション的なものが含まれるはずなんだけどね。そんなんどうでもいいからその会社の株欲しいね。

このブログの人気の投稿

LibreOfficeで表紙、目次、本体でフッターのページ番号のスタイルを変える

WiiUのコントローラが通信不良に陥った話

技術書典2 あ-03 『もわねっとのPythonの本』