Let it go の意味

"Let it go"と「ありのまま」の違い

面白かった。

前回書いた感想 で書いてなかったので後付けになってしまうが、Let it goが人気だと聞いたとき、「え、これって好きになる曲なの」と思った記憶がある。個人的には For The First Time in Foreverの方が好みだった。

"Let it go"も歌自体は綺麗だし、劇中の演出は"For The First in Forever" より正直みごとだと思う。

ただ、"Let it go"には「私、傍若無人になるわね、さよなら」という雰囲気をとても強く感じていた。

正直に言えば、この英語表現、私は劇中ではじめて聞いた。どのような慣用句で実生活でどう利用されるかはそのとき分からなかったわけだ。私は英語ネイティブでも英語が達者な方でもない。

それを前提としてではあるものの、"Let it go"には自分を積極的にどうこうするニュアンスはないように感じる。そもそも主語は自分ではない。状況(it)を勝手にさせとく(Let ... go)、である。

歌のタイトルについて、嫁にどういうニュアンスなのかと聞かれた。そのとき、自分が最初に「推測」したニュアンスがネガティブすぎて、説明に窮してしまった (なおここも後付けのあいまいな記憶だ)。

「これ、むしろエルサの無責任を正当化する歌なような……」そういう印象だったから、歌を肯定的に受け止める人々の気持ちがよく分からなかったのだ。

上のブログ記事はその点で、私よりも適切にこのタイトルの「意味」を説明していると思う。

記事では最後に、私の感じた「ネガティブ」さという印象自体が、日本人固有の課題だと指摘している。

“Let it go”の歌が教えてくれることは、人より少し強い力をもっているがゆえに自分が社会と適合しないのではないかと不安でさいなまれている人がいたら(それが特に自分自身であったときに)、「そんなことは忘れてしまいなさいよ」「気にしなさんな」と言ってあげよう、ということだ。そうすることで、その人は自分がためらっていた力を存分に発揮できるようになる。
このように”Let it go”には含まれているのに「ありのままに」は含まれていないものが、まさに今の日本の社会で欠けている要素の一つのように思えてならない。

これは適切な指摘だと思う。

特に自分について言えば、状況(it)をそのままにしておくのは、苦手に感じる。

もし他人に違和感があればその原因を知りたくなる。そして「違うこと」それ自体に、修正する必要性を感じる。実際、本当に「問題」が起こる前に見解の相違自体が原因で喧嘩に発展するケースがある。

意見相違で口論になることはあるが、契約を結んでいるわけでもないし、実社会における算定可能な被害もないのに、どちらが「正しい」かは定かではない。

Let it goの考え方とはおそらく、状況の捉え方に対して柔軟になることなのだと思う。

柔軟とは相手を受け入れることですらない。自分が接する上で重要視している要因以外は「そっとしておく」。敢えて触れない。相手を修正するわけではなく、言ってみれば「放置」する。自分の利益・不利益に牙を向くというその瞬間まで、相違自体について興味を持たない。むしろ、仮に協力するのであれば共通項に興味を持つべきなのだ。

劇中で実際、エルサはそのように振舞っている。彼女は復讐を企図しなかった。ただ城を作って閉じこもるだけだった。歌にも「恨み節」はない。あっちはあっち、こっちはこっち。この部分を抽出することで、訳しづらい"Let it go"は主語を変えて「ありのまま」になるのだろう。

もし国自体が安定したままであったら、多分彼女はLet it goを歌った後、そのまま奥地でひっそり生き続けただろう。エルサがそのままでいられなかったストーリー上の理由はただひとつ、誰にとっても放置出来ない状況をなんとかできるのが彼女だけだったことだ。

「傍若無人」や「無責任」とは大分違うようだ。

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