ブラックホーク・ダウン

○ 一言で言うと

せんそうえいがをみました。

○ 詳細

ブラックホーク・ダウン (bluray)
 
この映画自体は『カラシニコフ』『カラシニコフ 2』という本を読む流れで知った。
 
私はミリオタではないので、それぞれの本とその内容には詳しくない。誤っている前提で、自分のこれまでの理解と映画に出会うまでの流れ、上の映画について感想をだらだらとまとめておく。

映画の感想についてだけ知りたければ「ブラックホーク・ダウン」の項まで飛ばしていただきたい。

○ カラシニコフ

AK-47 カラシニコフ、あるいはその後継となるAK-M、AK-74はいわゆる「アサルトライフル」の一種だ。後述するように、IT界隈でもたまーに見聞きすることがあり、戦争の悲惨さ、という話を置いて言えば「人気が高い」武器でもあると思う。私も2冊読む前から名前だけは聞いていた。

ここでは武器種の詳しい説明は省くが、私個人の記憶でも「AK-74は強すぎる」と思った経験がある。……別に実戦経験があったわけではない。

バイオハザード5で利用できる武器の1つに、今振り返るとAK-74はあった。この銃は、武器に疎い私が唯一、同ゲームにおいて今でも名前を覚えている武器でもある。

バイオ5での最高難易度(プロフェッショナル)でも、AK-74 (カラシニコフ) を使うと比較的カンタンになってしまう。ゲームをやり込む際(いわゆる「制約プレイ」において)、最初に「使わないことにした武器」が、確かAK-74だった。

この武器には現実世界でも、他の武器にはあまりない、「オトコノコ」をとりこにする特徴がある。『カラシニコフ』から引用する。

自動小銃の最大の問題は、薬室の弾詰まり、ジャミングだった。
銃身のいちばん後部、弾が装填されて火薬が爆発する部分が薬室だ。ここにゴミが入ったり、薬莢の破片がこびりついて残ったりすると、次の弾がつかえて詰まってしまう。そうなると銃は動かない。
弾が出ない銃はただの棒だ。殺すか殺されるかの前線の兵士にとって、弾詰まりは致命的な故障である。弾詰まりをいかに防ぐか。それが開発のポイントとなった。
設計者たちはそれぞれの方法で取り組んだ。開発を指導したトカレフは、ゴミが機関部に入り込まないよう、より精密に設計することを求めた。
「すき間に蚊のくちばしも入らないようにしろ、というのが彼の口癖だったよ」 しかしカラシニコフは別のことを考えた。
「私はすき間を大きく取ろうとした。機関部では部品が猛烈なスピードで動いている。部品同士をきっちり組み合わせてしまうより、動く部品の周囲に遊びのスペースを取ったほうがいいのではないかと思ったんだ」
ガスシリンダーとピストンのすき間を0.3ミリにした。トカレフの設計は0.1ミリだ。その3倍というのは、銃づくりでは常識外の発想だった。ボルトと撃針のすき間も、0.3ミリにした。
「要するに、部品をスカスカにしたんだ。ゴミや火薬かすがこびりついても、これなら動く」 (『カラシニコフ』 Kindle版 No. 815/2895。縦書の漢数字を英数字に変更)

「構造をスカスカにすれば、逆に壊れないんじゃね」という発想にもとづいて作られている。部品も相対的に少なく、メンテもしやすい。

それによって、ちょっと砂が入ろうが湿気が多かろうが使える。メンテもそんなにいらない。維持費安い。偽造もしやすい。戦闘場所が変則的なゲリラ戦にも適している。子ども兵でも比較的容易に扱えてしまう。そういう武器だそうだ。

武器における LESS IS MORE といえるかもしれない。

あるガジェットオタクの知り合いが、酒の席で唐突に語りだした武器が、このカラシニコフだったことも、個人的には興味深い。色々と話題にし易い特徴である。

「優秀さ」においてもカラシニコフは文句なしだろう。武器の本来の用途に対して「結果」を十分に出しているのだから。

参考まで、上記バイオ5でもこの特徴は生きていた。射撃時の照準のブレが大きいので精密射撃をするのには向かない。しかしとにかくゴリ押しする場合、「弾1発あたりの性能が良すぎる」のだ。適当にばらまいていれば、ゾンビは死んでる。ゲーム中には「水」や「ホコリ」による性能のブレという要素はないのだが、武器のイメージ自体をそれなりにフォローしている武器能力の設定だったなぁと、今になって感心している。

AKのそのような特徴から、とかくテロや紛争、非正規戦における悪しき歴史の象徴としても語られる事が多いらしい。上記『カラシニコフ』『カラシニコフ 2』という本はまさにそういう本だった。

『カラシニコフ』『カラシニコフ 2』の二冊は、実際にはAKという武器の解説というよりは、その武器が絡む、世界の戦争・内戦・紛争について、特にアフリカやアジア、中南米の不安定地域における状況を現地調査も交えて興味深く解説している (ただし、本稿執筆時点でも、文章内の各地域の状況説明は全体的に古い)。

それらの著書によれば、そういった問題の背後にはしばしばカラシニコフが見え隠れする。容易に偽造・密造され、故障に強く、雑な扱いに長く堪える。世界の後ろ暗い歴史の一部なのだ。

○ ブラックホーク・ダウン

さて、AKの話が続いたが、ここで「ブラックホーク・ダウン」という映画の方に移る。

まず舞台となるソマリアはアフリカの国である。


国際的な評判は良くない

内戦で経済は壊滅、崩壊状態である。世界最貧国の一つで、平和基金会が発表した失敗国家ランキングでは3年連続で第1位に位置しており、イギリス情報誌のエコノミスト 治安ランキングワースト10では第2位。(2008年)また、内戦で大量の難民が発生しており、各国からの援助が頼りの状態である。 (Wikipedia記事)
『カラシニコフ』によるとソマリア内戦でも、AKはその「威力」を発揮したという。「ブラックホーク・ダウン」はそのソマリア内戦の中でも「モガディシュの戦闘」を題材にした映画となる。なお映画自体には、カラシニコフに係る特別な描写があるわけではない。

この映画は戦争の一局面を鮮烈に描画したもので、何らかのストーリー進展と主人公の成長があるといったものではない。生々しい戦争の様子、それも、(プライベート・ライアンの冒頭のような)正面きってのそれではなく、ある種の「奇襲の失敗」から始まる市街地での混乱、そこから延々と続く秩序のない戦争が描かれていた。

この映画の構成は、よく見るハリウッド映画とは幾分異なるように思える。「勧善懲悪の成功物語」ではない。相手にも正義があり主人公側にも不正義となじられる要素がある。作戦は全面的な成功とは言えず、撤退も綺麗ではない。死亡フラグに忠実であるわけでもない。

ある米兵がドアからそっと抜けだそうとすると、出口の段差で、米兵が転んでしまった。運悪く、横には偶然、銃を持つ少年(兵)がいる。少年はとっさに米兵を撃とうとするが、相手が滑って転んだために、照準から外れてしまう。米兵を撃とうとして放った銃弾は、反対側にいて米兵を同じく殺そうとしていた父親に当たる。結果、少年は父親を撃ち殺してしまう。米兵は少年兵を(以下本編をどうぞ)

米兵の近くで逃げ惑う女性がいる。攻撃してこない一般市民を米兵は殺さない (殺せる相手は武装して攻撃してきた「民兵」である)。しかし混乱したその女性は、そのまま目の前に落ちている銃をひろおうとする。「おいやめろ」と米兵は言う。しかし混乱する他国語の女性は聞かず、銃を米兵に向ける。米兵は彼女を撃ち殺してしまう。

これは米国産の映画だ。全体として見れば、米兵の心象に向けて不利なシーンは現実よりも少ないと予想して間違いない。それでも、全体的になんとも言えない人間像がそこに見えてしまうことに変わりはない。

考える要素はシンプルではない。起きた混乱の大本は、見方によっては同国のある種の正義感に発している。一方、それでも議論の余地のある戦いでもある。冒頭で(米国の敵側となる)アイディード将軍の側の人間がこう言う「これはお前らの戦争じゃない」。これはこれで適正だと思う。その後にソマリアでのPKO活動は引き上げとなり、今でもソマリアが平和になっていない事実を、今の映画視聴者は知っている。

ここで私の政治観については述べない。鮮烈とはいえこれは所詮物語である。とは言え、これは言えると思う。混乱した状況というのは乱雑なもので、ニュース記事数編で一刀両断出来るものではない。決断にはある意味で「敗者」がつきまとうが、そこにも「正しい」と言わしめる認識と意見があるのだ。そして、その「敗者」の言った通りの不正義によって死ぬ人が出ることもある。逆の決断を行えば、今度は別の正義と不正義で別の人がやはり死ぬ。決断しなければやはり人が死ぬ。

トロッコ問題というのは、議論上面白いが現場では笑えない。ある種の政治的・軍事的な選択ってのはきっとそういうものだろうと思う。どちらでも正義と不正義が混在するはずだ。そういう状況で、「こちらのほうが絶対的に正しい」という結論になっていて相手が完全に間違っているように思えるのなら、多分その議論の道筋が完全に間違っている。

そういった一連のとらえようのわだかまりが、映画を見てさらに膨らんだ。紋切り型に何かを一言で言わない点でも、良い映画なのだと思う。

○ その他 (ここの内容は多分軽い)

上のリンクではblurayを紹介したが、実際にはiTunesのHDビデオをレンタルしてiPad miniからHDMI出力する形で見ている。当初出張帰りの飛行機で見ようとしたのだがダウンロードが追いつかず、家で見ることになった。

解像度ヲタということもないので、この方法であまり文句がない。強いて言えば特定のシーンをスロー再生するとか、字幕を選ぶといった機能面では不満がある。

戦争映画ということもあって嫁の横で見るのを躊躇した。ただ嫁的には、シーンの過激さはともかく比較的好意的には捉えられたようだ。

英語の話。戦争映画の英語だと私ではとてもついてけない。英語字幕が終始ないとほぼ全く追えないし、本作は人が多いので日本語字幕でも無理な部分があった。

戦争映画の英語は、それ自体に興味が無いと辛いところがあると勝手に思っている。とにかく速い。ノイズがすごい。特殊な用語が多い。何より、スラングが大量に混じるので聞き過ぎると普段の英語に悪影響を及ぼしそうな印象がある (私みたいなレベルだと特に)。

一兵卒が発するある特定の「一言」については良いのだが (incoming, easy, move, negative, copy that、R・P・G 等)、特に戦況の説明やその対応についてのディスカッションの英語 (つまり一番面白いところ) が全くわからなくなってしまう。感情混じりに言われるともぅ。

物語を追いながら英語を鑑賞するという並行作業ができなくなってしまうので、戦争映画では英語を把握する回路を勝手に止めてしまうことが多いらしい。

# ここらへん、多分戦争英語にたいして食わず嫌いな要素があるのは事実だと思う。メリダとおそろしの森のスコットランド訛りは耐えられるのになぁ……


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