「と」

風呂場で風呂桶を洗い、風呂の栓をしてお湯を入れ始めた。2歳にもならない我が子がその一部始終を横で眺めていた。これまでにも何度かあった光景だ。

風呂掃除が終わったので風呂場から出て、リビングの方へ向かおうとしたところで、我が子はついてこなかった。

代わりに、風呂の横に立てられた風呂蓋を指差して「と」「と」と訴えはじめた。必死とは言わないまでも、少し切実な様子だった。

「と」「と」

バナナは「あなな」、ヨーグルトは「よ」、そんな幼児が風呂の蓋を「と」と呼んで指差す。出ておいでと言っても聞かない。「お風呂のお湯は入れ始めたから、もうおしまい。出ようよ」と言っても、聞かない。「と」「と」と指差して何かを主張している。

私は困惑した。それは蓋だよ。戸じゃないよ。はやく向こうに行こうよ……

ただ、このときは運が良かった。

普段なら、私は「お風呂のそうじをしてるんだよ、待ってて」などと説明をしながら、風呂の中を掃除して、湯を出して、最後に風呂の蓋で風呂桶に蓋をしていた。

……お湯を入れ始めたら、お風呂は蓋で「と」じるものだ。

つまり、蓋をするのを忘れていたのだ。それを2歳児未満は見逃さなかった。

風呂場から出てくるように、さも親らしく注意するギリギリのところで、私はそのことに気づいた。「蓋で『と』じるのね!」と、風呂の蓋をした。すると納得したのか、子は風呂場からとっと出てしまい「おいで」と一言、リビングの方へとことこ歩いていった。

何故風呂に蓋をするのかも、多分分かっていない。でも、安心したのだろう。

少し恥ずかしくなった。出てこいなんて注意するとか、筋違い。

ちょうど今読みかけの本で「聴くことは、とても難しい」と教えられたところだった。

我が子の言葉を「聴く」のはたしかに難しかった。きっと普段から「聴け」ていない。

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風花雪月

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