平等は作るもの

最近著名な某氏がバーク主義的保守主義について言及することが複数あり調べていた所、なるほど自分が求めていた問に対する答え(の一角)を見つけた気持ちになった。

エドマンド・バーク

逆にバークが断固として拒絶した概念は、“平等”(equality)、“人権”(right of man)、“人民主権”(popular sovereignty)、“抽象”(abstruction)、“理性”(裸の理性、naked reason)、“進歩”(progress)、“革新”(innovation)、“民主主義”(democracy)、“人間の意思”(will of man)、“人間の無謬性”(perfectibility of man)などである。  (強調筆者)
以降もう少し保守主義的な物の見方を勉強した個人的な理解としては、「 誰が「平等」「人権」を担保するかと言えば人であって、人がそれを所与のものと出来るように頑張りましょう」というのが今の世の中の大前提だ、ということだった。

考えてみれば弱肉強食という世界観では平等や人権というのは存在しない。中世あたりの啓蒙主義の副産物というか、良い副産物として、自然状態から到達するのが難しい理想状態を元にしたトップダウンの概念だ、という解釈で捉えれば現実の世界での生きづらさと平等と人権という、個人的には現実離れしているような考え方がちゃんと繋がる。人類全体で努力せよ、さもなくば得られない。あくまで私の解釈だけど、掴んで決して離さないよう努力しないと、失われるという「脆い」価値観を結構多くの現代人(西洋方面と日本も含めて)は根底に敷いている。脆いことが悪いのではなく、脆いが尊いから、守ろうよ、ということなのだと思う。

守ろうとしている人がどれだけいるか、というのはまた別の問題だし、中年のおっさんの命より新卒美人社員の命の方が重く置かれているかのような反応を世の中が一時的にするのもやはり別の問題だけど、とにかく、人権とか平等という考え方に対して、自分は最近そういう理解をするに至っている。自然状態であるものを守ろうとしても失われる。でも自然状態にないものなら、もっと簡単に失われる。クローズアップ現代+で先日、ジャーナリストの池上氏が「人権という考え方が浸透していないことに衝撃を感じた」といった趣旨のコメントをされていたが、危惧しなければならないと思う。

また私自身の考えも変わるかもしれないけれども、とりあえず一連のニュースを自分はそう捉えた。

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