『武士の家計簿』

埼玉で友人の結婚式。行き帰りに読む本は一応用意していた、が、酔った帰りにまで読みたいタイプのものではなかった。選書の失敗。

で、ふと『武士の家計簿』を電書で読み流した。この本は面白かった。

本著に自分が興味を持ったのは「100分 de 名著」の司馬遼太郎回で、著者の解説の様が面白かったからだ。本著も期待通りというか期待以上だった。

武士階級から維新後に士族階級になった際、その階級の人々は勝ち組と負け組に大きく分かれた。8割強は生活の基盤を大きく破壊された。新時代に対応できる技術を持ち、新政府に重用されたり商売のような他分野で生き残れた士族だけが、窮地から逃れられた。

本著の主役格である猪山家は「加賀百万石」の加賀藩で算盤勘定に才能を見出された家系だ。家族もまたそのような役割で家系を維持することを意識し、子供に算盤勘定、あるいは今で言えば会計処理について英才教育を施した。気をつける点として、商人の当時の扱いなどを歴史で勉強する範囲でも察せられる通り、武士階級からするとそろばんというのは相対的には疎まれる技術だったということがある。

この算盤勘定に始まる数字を管理する力は、結果として時代の変化の中で同家を有利にした。この能力を持つ同家の人間は、維新後の新プロジェクトや軍隊の兵站にも役立つことになった。結果として、紆余曲折はあるものの、猪山家はどちらかと言えば維新後にも大きく飛躍した家系となったという。

一方、藩の中では役だった家柄やらなんやらは、維新後には役にたたず、そういうのに頼るばかりの士族は没落した。商売を疎む性向から、看板を出さずに商いをして沈没……とかいう例も書いてあった気がする。それ、猪山家の親類なんだけど。

軽く言えば「特定の時代に束縛されない知識・経験は大事」といったところだろーか。素人の自分がわざわざ醜態をさらすべく要約に挑戦するのはここまでにする。

この本には上のストーリーラインと同時進行で、武士階級の生活の生々しい現実のようなものが描写されていて、雑に言えばテーマが「多層的」という面があって、これも本の味を増す要因になってる。そっちはここでは省略。

本著で個人的に気に入ったのは次のエピソードだ。子供の成長のお祝いとして本来大鯛を用意しなければならない時に、あまりに家に金が無いので、仕方なく鯛の絵を描いて代わりにしようとしたらしい。家計簿に「絵鯉」と書かれているのだそうだ。見るに見かねて祖父母が小鯛と鰯の料理を持ち込んだ。そして次の一文。
家計簿の無意味な記載からはわからないが、たぶん、この小鯛をそっと孫娘の口にはこび、食べさせてやったのであろう。
こういう「一般書」的なやや感傷的な表現もバランスが良かったと思った。

この本を読んでプログラミングが上手くなることは多分ないが、なるほど何かを得た気がしたのだった。

ところでふと電書一覧を見たら、直前に買った電書は『武士道』だった。うーん、何を考えているのか、自分でもよくわからない……

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