テレビ

子育て中である。家であやしている時、BGMもいいのだが雑にTV番組を見たい時がある。

確かにネットの批判はもっともで、平均的な質は下がっているかもしれないと思った。一方、インプットのある種の意外性はテレビの方が上で、だからチャンネルがもう少しあれば平均的な質の低下は許容してテレビを見るのかもしれないな、とも思った。

ひな壇芸人のコメント字幕付きはつまらない。大事件であるとはいえ枠を取り過ぎだ。いい加減同じ演歌の繰り返しはやめてくれ。というわけでチャンネルを変えて、チャンネルが枯渇することは多い。

ネット生活で自分の手元に届いて欲しいけどおそらく届かない性質のトリビアルなネタはテレビで見ると軽く気持ちが上向く。それほど信ぴょう性があるものではないかもしれないし、ひたすらテンポは悪いし、代替はネットで検索したほうが量が多い。

ある種商品として、大衆が見たことがないものを何とか切り口を見出して提供しようとする人がいるのだろう、という気はする。そういう押し付けを嫌がる人がいるのはあるとして、それでなお公衆で流すというのにはある程度の企画力が要ると思う。ひな壇の数が増えたと言って、とどめを差せたと思うのは早計かもしれない。勝手に消滅し尽くすまでにはまだもう少し時間がある。自発と任されのメディアでは基本的な性質が違うんだろうと再認識した。

時空転抄ナスカを見ていたのだが、振り返ってみるとlainの方が記憶に残るのである。まぁ、テレビというのはそういうもんだと思う。



このブログの人気の投稿

LibreOfficeで表紙、目次、本体でフッターのページ番号のスタイルを変える

WiiUのコントローラが通信不良に陥った話

技術書典2 あ-03 『もわねっとのPythonの本』