成人式に絡む雑感

先日小学校時代の同級生と飲む機会があった。同じ学校に通わなくなってから優に15年以上経っているのに「会う」という選択が出来ることは嬉しい。

こういった集まりは、成人式で集まった頃から散発的に行われるようになった。それはそうで、年齢として「飲み会」を開けるのがそのときからというのは大きい。そのあと、一部の人が積極的に主催もしてくれ、コネクションが切れなかったのも良かった。

当時の同級生を今から増やすことは出来ない。一度接続が切れれば、場合によっては回復は不可能になる。

積極的にそういう連帯を深めるか離れるかは個人の判断だ。これはどちらでも良いと思う。ただ、振り返ってみると、成人式でその手の判断の必要性を認識していたとは言いがたい、その点については書いておきたかった。

人間関係に関する接点は、意識しておかなければ望ましくない状態になる。会いたいと思った時にどこにいるか分からない、あるいは会いたくもないのに接触しつづけるはめになる。どちらも意識して接点について意識しておくべきことを、意図せずして放置していたことで起きていることが多い。

小中の同級生については幸いつなげてくれる人がいたおかげでつながっているが、つながっていて欲しくてそうなっていないケースも自分の中にある。ある高校時代の知り合いとは今気軽に連絡を取る手段がない。ネットで探したからといってそこで見つかるわけでもまだないし、どうもよそよそしくなる。

特に成人式に臨む人に言いたい言葉があるわけではないが、そういうことをふと思いついた。


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