少女革命ウテナを見た(TV版、劇場版)

20年近く残してた宿題がやっと、とりあえず終わった感じ。劇場版が1999年8月公開らしいから20年とは言わんけど19年?すごいな古びないな。コウシチャン・ディオールだな。

この作品について縁を書いておく。当時、同時上映のアニメの方だけTV版を見ていて、その流れで劇場版を見に行ったらウテナの方も見せられたのだ。もちろん当時、奥井雅美のOPの流れるCMは良く見たし、ラジオでも散々聞いたのでそういう意味でも覚えているが、それなら「変なアニメ」で敬遠するだけだ。大体、だいぶ最近になるまで実際「変なアニメ」という以上に思っておらず興味を掻き立てられなかったのも事実だ。歳が、このアニメの可能性に何故か今頃気づいたのだった。

※ ちなみに、当の本命だったはずのもう一方のアニメの方はぶっちゃけ欠片も印象に残っていない。当初興味のなかったウテナの方だけすさまじいインパクトで「(゚Д゚)?」という感想を持って、今でも記憶に残ってるわけ。それに類似したことは当時最低でも3回あって、「七瀬ふたたび(ドラマ。「ヘンリー!」)」「カウボーイ・ビバップ」「Serial experiments lain」あたりは深夜枠で連続して放映されていた、お目当ての作品より強い印象が残っている。いやー、いまどき時空転○○○カを本気で名作と思うやつはいないと思うんだ。

劇場版の記憶の断片だけが今でも残っていて、当時は意味もわからなかったし(部屋の半分が水に満たされて主人公が泣くシーンとか、TVの黒薔薇編を見てないと部屋の下降がなんとなくウテナの深層心理に近づく暗喩であることはわからん)、また、作品全体としても何を伝えたいのかわからんというのが気になっていた(とりわけ車であって、荒野に抜け出すことがなんとなくであれ何を意味するのかはTV版の後半から最終回を見てないとわからない)。

エヴァ同様で、極論すると基本的に「うむ、TV版見てもわからん」だったがなぁ……。

当時のアニメは2クール、3クール当たり前という中で、伝えたい内容を筋立って描く代わりに、ほぼお遊び回とか、少しだけ情報が入ってくる総集編とかが含まれてて、今見ると基本的に間延びしている感じがして見ててだるいのが辛い。一方で、今のように1クールで整理してしまうと脇役の掘り下げが足りなくて味がなくなる(後からサイドストーリー的に足されるのは商業主義的というかダサいと思う)。同監督で言うとピングドラムの話数がギリギリOKな感じ。それに対して(こちらの方が)メッセージが多い(気がする)とは言え、39話は過剰な感じがする。「もくし くしも しもく くもし もしく しくも」の部分って1分半あるし、決闘は半分以上予定調和的にウテナが勝つのが見えるし。

内容としては「見てよかった」気はする。

ネットの「考察」が何か錯綜していて「結論がないんだろうなぁ」と思うとともに、一つだけ気になるのが、劇場版のウテナ≒TV版のアンシー(別の城で見つけた)なのか同じ世界の2周めなのか、並行世界的なアレなのか、本当に無関係(作成者側のリメイク)なのかわからんかったところかな、と個人的には思っている。

劇場版は短すぎる関係で「尺の関係で省略しているシーンが山ほどある」ことを仮定しないと単体では成立しないようなストーリーになっていて、その点で「製作者側のリメイク」ならブサイクな劇場版だと思う。一方で劇場版のウテナ≒TV版のアンシーと仮定すると親和的なところもあれば、2周めと仮定すると親和的なところもあれば、平行世界モノでないと何も成立しないところもあるような気がしていてよくわからない。

一部のシーンについては悪ノリに感じる。最後の藁人形の名札に至っては「こうするとなんかそれっぽいっしょ!」とかいう気持ちでそうした感が拭えない。ついでにスキャンダルテープ一本目とか「考察」する価値ねーし、TV版のカウベル回、卵回もしかり。ていうか90年代のサブカルの勢いみたいのがチラ見えして「気持ち悪い」。推理小説ほどこだわる必要はないけど(「余計な情景描写や、脇道に逸れた文学的な饒舌は省くべきである」V.S. うみねこ、ファイッ)、やっぱりカウベルはねーよ。あの回がTV版の個人的なシリーズ最高傑作っていうのが、ホント笑えない。

とはいえ、まぁ、良かった。ピングドラムリトライを考えるくらいには。何か通底するメッセージの一部は似てる気がする。「りんご」あたり。もう一度見ないとやっぱわからんけど。次の作品?それはまたあとで

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